写真は鉄で出来ている。

撮らない豚はただの豚だ

第1482列車 「 空チキ2両を率いる桃太郎を狙う 」

この列車へご乗車いただき、

ありがとうございます。

 

 

 

外に作った女に入れ込んだ挙句、

家庭を顧みなくなったあの男と離婚してから

もう15年が経つ。

 

当時はまだ就学前だった息子のハルトも

今では大学生となり、我ながら女手一つで

ここまでよく頑張れたもんだ、と空になった

コーヒーカップを弄びながら、アキは

昼下がりのリビングで寛ぐ。

 

「あ、お砂糖きれちゃったんだっけ」

 

再び会社からテレワークを言い渡され

月曜から自宅で仕事を始めた為、普段は

留守となる日中も自宅で過ごせている。

 

自身のペースで仕事が出来る気楽さと、通勤

途中の買い物が出来なくなった面倒が

シーソーの様に二律背反した気分ではある。

 

が、今を出来る限り楽しむ、を

信条としているアキは気楽さを存分に

満喫しようと考えていた。

 

 

40歳を過ぎた頃から以前よりも疲労感が

強くなった様には感じるが、外回りも

書類作成も全く苦にはならない点は何気に

自慢なのである。

 

ミディアムヘアをシニヨンにしただけの

ラフな髪型に、軽く化粧を施した緩い格好で

コンビニへと買い物に向かうのだった。

 

 

帰宅して昼食を済ませ、午後からの予定を

確認しながらスマホを開いていると、不意に

ベランダのすぐ外を軽い音を立てて電車が

走り去っていった。

 

そういえば離婚当初、ハルトが好きな電車が

いつでも見られる様にとここを借りた事を

思い出し、そのまま息子の成長まで連想する

のが、休憩時のルーチンとなっている。

 

そして思考はこの時間にいつも見掛ける

妙な列車へと至るのであった。

 

「今日も来るのかな、あの電車…」

 

旅客列車の倍以上もあろうかという、長い

コンテナ車を連ねた姿こそが貨物列車だと

思うのだが、昼下がりのこの時間にだけ

見かける、黒い貨車が数両だけという妙な

貨物列車の事を、アキはふと思い出す。

 

部屋の居間からベランダ越しに見える線路に

その時丁度、青い機関車を先頭にした

2両の黒い貨車を率いる列車が通過した。

 

あれは何の為に走っているのか、全く意味の

解らない謎の列車にしばしの間、思いを

馳せてみたものの、答えが浮かぶでも無く

結局は益体のない思考だと切り捨てて

仕事へ戻る為に自室へ向かうのだった。

 

 

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2021-01-15 1881列車

金田正太郎、という名前は会社で働くように

なるまで知らなかった。

 

職場の女性達と交わす話の中で、若い、

それも随分と年下の男が好みだと話した事で

アキさん、そういうのってショタコンって

言うんですよ、と教わったのだ。

 

ロリコンの女性版として、ロボットアニメの

少年主人公を恋愛対象としたお姉様方を

正太郎コンプレックス、略してショタコン

呼ぶのだとその時の会話で初めて耳にした。

 

勿論、アキは本気でショタコンなどという

性癖を持つわけでは無く、単に職場の男に

言い寄られるのを避ける為の方便として口に

しただけ、だったのだが。

 

 

その日は良い天気ながら、戸外を強い風が

吹く至って寒い午前中であった。

 

もうすぐお昼になる、そんなタイミングで

呼び鈴がなり、インターホンのモニターを

見ると息子の友人が訪ねて来た様だった。

 

この時間、息子は大学で講義を受けているし

息子が連れてきた訳でも無く、友人が一人

ウチを訪ねて来るというのが不可思議で

兎に角見知った顔だから、とアキは

息子の友人を出迎える事にした。

 

開けたドアの向こうには、アメフト部に

所属する長身で引き締まった身体を折り曲げ

窮屈そうにお辞儀をする姿があった。

 

一体どうしたのか、何かあったのかとアキは

たじろぐものの、この時期は特に寒風が

身に染みる冷たさを帯びる為、冷えた身体を

暖めて貰おうとリビングへ招く事にした。

 

丁寧に靴を脱ぎ揃え、おずおずと

リビングへ入る息子の友人。

 

ハルトが高校時代から親交のある、若手の

俳優に似た爽やかイケメンなその友人は、

持ち前の爽やかさを潜めて

出されたコーヒーにも口をつけず俯きながら

黙している。

 

写真や動画をハルトに見せられ、何度か

ウチで夕食を共にした事もあった

その友人ソウタの事を以前から

アキは割と気に入っていた。

 

ハキハキと話す、飾らない言動と前向きな

思考、姿勢の良さには品があり、ハルトも

少しは見習えば良いのに…と思ったほどだ。

 

そんなソウタが思い詰めた様な顔で

自分の前に座っているのが、不思議でならず

アキは声を掛ける事にした。

 

「ね、どうしたのソウタ君。

ハルトが一緒じゃないって事は、あの子に

何かあったのかな?」

 

あまりに沈黙が続くのも気が滅入るので

アキはそう切り出してみた。

 

ハルトの事が気がかりでもあったのだ。

 

「あの…オレ…」

 

俯いていても極度に緊張している様子が

伝わるくらい、固い声音で絞り出す様に

ソウタが声を出した。

 

「あの…ア、アキ、さんの事がずっと

気になっていて…っえっと、す、好き、

なんです…」

 

ソウタの意外なる告白に一瞬、何を言われた

のか理解が追いつかなかったのだが、

真っ先にハルトは無関係だった事に安堵し

アキは、ほぅと息を吐き出す。

 

しかし、氷が溶け出す様に言葉が心へと

染み込むにつれ、混乱した感情に

支配されていった。

 

息子と、同じ歳の男である。

 

そんな子に何故、慕われるのかも判らない。

 

当然ながら彼をオトコとして意識した事など

無いし、そんな目で見た事も無かった。

 

モテるだろうな、とは思ったものの

ショタコンでも無い自分が息子の友人を

恋愛対象として見る筈もない。

 

揶揄ってこんな事を口にする子では無い事は

知っているし、耳まで真っ赤にした姿を見て

本気なのだ、という事も判る。

 

だからアキはゆっくりと、言葉を選びながら

ソウタの気持ちを否定する事にした。

 

 

「ね、だったらさ、ソウタ君。私の事

今から抱いてみてよ。」

 

言葉を重ねて否定を試みたアキではあったが

頑なにアキが好きだ、と言い募るソウタに

対して半ば自棄になってつい、口にした。

 

まさかこんな若い子が自分の様なオバさんに

劣情を持つ筈も無かろうとショック療法の

つもりでそう投げかけてみたのである。

 

若い恋愛感情に対して大人気ないかな、と

思わなくも無かったのであるが、アキの

目論見は、俯いて目も合わせ様としない

ソウタの姿を見て成功したと感じ、更に。

 

もう少し脅かしてみよう、という余裕さえ

もたらした。

 

「いいよ」

 

ソウタの正面ににじり寄り、目を瞑って

唇を突き出してみたのである。

 

 

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2021-01-15 1881列車

「んっ…ん、ふ…」

 

暖かく柔らかな感触が唇一杯に広がり、今

私キスされてるんだ、と認識出来るまで2秒

ほど時間を要したのは、それが長い間

忘れていた感触だったからに他ならない。

 

軽く触れる様なキス、そのすぐ後に唇を

押し付ける様な情熱的なキスを数度繰り返し

アキは少しずつ、母親でしか無かった

自分からオンナへと戻るのを感じていた。

 

ソウタは本気なんだ、この子の気持ちを

これ以上、軽んじない様にしなきゃ、と

それもまた言い訳だとは思いながらもアキは

今を愉しむ事を選択した。

 

「ソウタ君、キス、上手いね。

色んな女の子と遊んでるんでしょ」

 

上目遣いになりながらソウタへ問いかけて

みると、意外な事に彼はこれが初めての

キスだと言う。

 

えー、私メロメロにされちゃってますけど、

と思いながら、今度は私のターンね、と

一言添えてアキはソウタの首に腕を回して

彼の唇へ舌を挿し入れる。

 

チュパ、チュウゥ、と舌を絡め合い啜り合う

音だけが、リビングに響く。

 

突然アキは激しい快感を感じて身体を

震えさせ、ソウタの唇から離れた。

 

見るとソウタの右手が器用にアキの胸を

まさぐり、ブラの上から親指で

隆起した乳首を弾いている。

 

「ほんとに、初めてなの?手慣れてる様に、

感じるんだけど、んぅ!」

 

いい様に快感を与えられる事に自尊心を少々

刺激され、喘ぎながらも抗議をしてみるが

先程からソウタの顔は真剣そのものである。

 

きっと、一生懸命に考えながら私を触って

くれているのだ、と思うと、何だか無性に

ソウタの事が愛おしく感じられた。

 

その辺りから、記憶があやふやとなる程に

ソウタからの愛を受けて乱れ、久方ぶりの

オンナを体感し歓喜を味わうのだった。

 

 

たっぷりとお互いを貪り合った後の

気怠い時間の中を揺蕩っていたアキは

ベランダの向こうを走り去る影を見て

ハッとした。

 

あの電車だ…

 

隣に目を移すと、ソウタもまた

窓の外を走り去る列車を目で追っている。

 

「ね、あの貨物の電車、奇妙だよね。」 

 

まるで自分たちの様に、不自然で奇妙で

歪つな存在に感じられる貨物列車。

 

「ソウタ君のせいでショタコン

なっちゃった私みたいに、歪つで変な

電車だよね、あれ。」

 

言いながら、何故だかアキの眼からは

涙が込み上げてきた。

 

嬉しいのか、悲しいのか、

寂しいのか、暖かいのか。

 

自分でも意味が分からないこの涙に

戸惑いながらも流れるがままにする。

 

アキの涙を知ってか知らずか、窓を

見つめながらソウタはそっと切り出した。

 

「1881列車。あれは変でも歪つでもない

地味で目立たないけど、鉄道にとって

とても大切な貨物列車なんです。」

 

 

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2021-01-15 1881列車

「イチハチ…?大切な…って、え?

もしかしてソウタ君、あの電車の事を

何か知ってるの?」

 

アキは、ソウタが一体何を言い出したのか

最初はよく判らなかったのだが、彼の言葉を

噛み砕きながら咀嚼してようやく、ソウタは

あの歪つな貨物列車を知っているのだと

理解する事が出来た。

 

「ね、何であの電車が大切なの?」

 

アキが問うとソウタは窓の外を過ぎゆく

1881列車を眺めながらトツトツと語り出す。

 

「あの機関車が牽いているのは、鉄道に

欠かせないレールを運搬する貨車なんです。

電車もレールが無いと走れ無いでしょ?」

 

ふぅ、と息を継いでソウタはゆっくりと、

優しい口調で話を続ける。

 

「レールは列車が走った分だけ摩耗するから

都度、新しいモノと交換しないと

ダメなんですよ。その為の

レールを運ぶのがあの列車なんです。」

 

「だから、あの列車は奇妙でも、ましてや

歪つな貨物でも無く、大切な役目を担う

レアな列車なんですよ。」

 

思わず、アキはへえボタンがあればきっと

連打していただろうな、と感心しながら

ソウタの話を聞いていた。

 

ソウタは窓から目を離して、

アキを見つめながら更に続ける。

 

「オレは、アキさんの事を本気で…あ、

好き…だし、オレの気持ちに応えてくれた

アキさんだってオレにとっては歪つとかじゃ

無くて、大切な存在なんです。」

 

そう話すソウタのうしろ、窓の向こうを

あの、黒い貨車を牽いた貨物列車が

軽やかに過ぎ去って行くのが見えた。

 

 

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2021-01-15 1881列車

ソウタの話では元々、ハルトが高校時代に

スマホで見ていた鉄道の動画をソウタが偶々

目にして、お互いに鉄道好きという事で

仲良くなったのだそうだ。

 

ハルトの方はどちらかと言えば熱も割と冷め

鉄道よりはゲームやネット遊びに興味が向く

所だったのだとか。

 

それをソウタが再び鉄道の世界へと引き込み

今でも洗脳?を続けている、と笑顔で

語ってくれた。

 

ソウタにとって、あの黒い貨車の列車は

好きな世界のレアな列車として位置づけられ

注目しているのだとか。

 

女性の趣味も鉄道趣味も、また随分と

マニアックだなぁ、とアキは苦笑しつつ

返したのだった。

 

 

アキは今、

とても充実した毎日を過ごせている。

 

息子にはまだ恋人の存在は話せていないが

いつかはソウタとの関係を認めて貰いたいと

思う、乙女な自分が居る反面、彼の将来を

考えると身を引くべきか、とも思う。

 

でも、ま。

 

その辺りの結論はひとまず先送りにして

今はただ、この久しい春の到来を

満喫したいと思うのだ。

 

自室のベッドに据え付けられた

引き出しの2段目、コンドームの箱の下へ

ソウタの写真をしまってから時計を見る。

 

彼と待ち合わせの時間までに目一杯の

お洒落を施そう、とアキは

気合いを入れるのだった。

 

 

今日もあの黒い貨車の貨物列車は

走っているのだろう。

 

奇妙でも、歪つでも無い。

 

地味で目立た無くとも、鉄道の根幹を

維持する大切な役割を担う存在として。

 

 

 

 

 

それでは、この列車へご乗車いただき

ありがとうございました!